プレーオフとは?

 

 我がレイダースも、苦戦に苦戦を重ねた結果、ようやく手にした、プレーオフの切符ですが、僕は、プレーオフに出れないし、会場にも行けません。それだけで、みんなの不安は、かなりのものだと思いますが、12/18当日、みんなが横浜スタジアムで凍えている時、    僕は、いつ泣き出すか解らない、10ヶ月の娘を背負い、無言で、渋谷を凍えながら、ブラつかなければならないのです。なぜかと言うと、嫁が、以前から言っていた、友達の結婚式に出席する予定の曜日を間違えてしまったからなのです!!

家の嫁は、いつも、自分のやる事にほとんど口を出さないで、自由にやらせてくれています。本当は、すごくヨコスタ行きたいし、みんなのためにボールボーイやりたいけど、今回は、嫁のやりたい事を、優先します。みんなを助け、そして、レイダースをプレーオフにまで、連れて行った49ですが、すいません!!

 

 今年のレイダース、自分は、春からほとんどの練習に参加しましたが、正直、ここまで来るとは思いませんでした。練習もほとんど人が集まらないし、十分な練習をして来たとは、思いません。しかしレイダースの強みは、チーム力だと思います。

12/11の練習、ワイルドギースと横浜シーガルのメンバーが練習に参加してくれた事、これは、物凄い事だと思います。この事は、各個人、絶対に忘れてはいけないし、こういう気持ちを大切にしてほしいですネ!!

 

 当日の、作戦などは、小田に伝えたので、小田の言うことは、俺の言葉だと思って、頑張って下さい。

 

何があっても絶対諦めないで、最後まで元気良く、声を出し、悔いの無いよう戦って下さい。

たぶんスタンドでは、富田がスキンヘッドで、声を切らさず、応援してると思います。

 強いチームが勝つのでは無く、勝ったチームが強い! 勝ったチームが強い!  勝ったチームが強い!のです!!

 くれぐれも声を切らさないようにネ!!

 そして、勝って、1/15日、ボールボーイもしくは、インターセプトタッチダウンさせて下さい!!

 今年、公式戦、4プレーしかしていない、#49 安永でした!!(指こんな感じです!!)


                 49とは!!

 

 11/27(日)レイダースとして今季最終戦になるかも知れない、すでに先週負けている相手、鎌倉ラザロ戦の日がやってきました。

この試合では、背番号49を付けている安永の良い人柄と、数々の奇跡を起こしているということで、出場メンバーは、勝手に用意した、49のシールをヘルメットの後ろに貼り、3ポイントでセットする者は、膝を49°に曲げてセットし、2ポイントでセットする者は、足を49°に開きセット、それにレシーバーのパスコースは、49ヤードイン、49ヤードアウトなど随所に49を取り入れ、まさに49にすがる様な思いで試合に臨みました。

 

 試合は、開始早々、敵陣49cmのところで、相手のパント、相手は、たぶん自陣49cmと言うことで、スナップミス、相手エンドゾーンで相手が抑えセーフティーとなりレイダース2点獲得、しばらくしてまた同じシチュエーションになり相手オフェンス、そこで、レイダースディフェンスOLB 40番沓澤が、左サイドから49°で駆け上がり、エンドゾーンで相手を押さえまたもやセーフティー!!

 そして2Qに入り、敵陣49ヤードでのあいてのオフェンス、相手のパスをレイダースディフェンスCB14番 勝岡がインターセプト、そのままTDTPも決め7点、そして前半終了。

 後半は、開始早々、敵陣49ヤードで、相手オフェンスのパスをレイダースCB 11番 玉置が、またしてもインターセプトしそのままTD,TPも決め7点、そのまま試合終了。

 レイダースが18-0で勝利しました。今回の試合は、言うまでもなく、49のおかげだと言わざるを得ない結果となりました。

 

マネージャーも事前の用意など、いつも以上にがんばってくれ、影の指揮官、小田は、背中に娘を背負い、“パパ〜!!お腹空いたよ〜!!”と背中でささやかれながら、忠実な意見をオフェンスに投げかけてくれました。

ボールボーイの安永に至っては、8針も縫ったばかりなのにボールボーイを駆って出て、試合後半には、9月に怪我した足首も痛み出し、足を引きずり、指の縫った場所からは、血を流し、みんなに分からない様に、自分で、止血しながら、最後までボールボーイをやり遂げました。

 

 オフェンスも点数は、取れませんでしたけど、各オフェンスメンバーそれぞれいい所もあり、みんな、のびのびプレーをし、全員で取った勝利ではないでしょうか!!

 

 この日のような、チームの雰囲気が、いつもレイダースの試合には必要だと思います。


安永 正幸 負傷日記 第二弾(BBまで奪う!!)

 

 事件は、番場が、闇に隠れて生きる!!11/21 午前1150分に起きました。

 いつもは、あまり考えないのですが、その日に限って、仕事で、カッターを使う作業をしている時、ふと、今頃、番場は、何をしてるんだろうな〜!と番場の事が頭を過ぎったその瞬間、カッターが、カッター自身が、勝手に自分の指先を切りました。傷は、結構深く、若干のめまいを起こしたので、昼ご飯も食べず、病院に行きました。

 診断結果は、左中指の腱を断裂、腱を二針縫い、表面を五針、左人差し指は、表面を三針縫うという、自分で、自分自身の腱を切るという離れ業を成し遂げました。

全治は、1ヶ月の軽症ですみましたが、足の怪我もほぼ完治し、みんなが、是非試合に出てくれと言うので、今週の試合はスタメンで出る予定で、一ヶ月前から調整してきましたが、またしても番場の怨念で、試合出場どころか、ボールボーイと言う第二の選択肢まで番場に奪われると言う最悪の結果になってしまいました。もしかすると、番場は妖怪人間なのかも知れません!

番場と細川の会話で、“早く人間になりたーい!!”と言い合っているのを結構聞きます。

 

よって、今週の試合も出場出来ないので、皆さん、頑張って下さい。

 


                    安永正幸 負傷日記

 

 事件は、925日、対ワイルドギース戦で起きました。

朝から天気も良く、我がアメフト生活23年を締めくくるにふさわしい天気でした。

 朝から韓ジャニのうるさい笑い声を聞きながら、午後1時10分試合開始、我がレイダースは、ディフェンスから開始となり、ワイルドギースの攻撃は、3回で、ファーストダウンを獲得できず、パントとなりました。

事件は、そのパントで、起きました。ディフェンスOLBのポジションに居た安永は、もの凄いスピードで、ボールをめがけブロックに向かい指の第一関節が、ボールに指しかかり、ほぼパントブロック成功と思った瞬間、後ろから「させるか〜!!」という声が、後ろを見ると番場でした。番場は、もの凄い勢いで、味方の自分に、腰から下へのブロックをして、両者体制が崩れたところで、番場の膝が、自分の右足首に、その瞬間、足首は、「グニャグニャ!!」と音を立て、番場はその場から走って立ち去り、プレーが終わると、立とうとしても痛くて自分では、立ち上がれませんでした。

そのあとは、ベンチに運ばれ、優しいトレーナーや、レイダース専属整形外科医:前田などに見てもらったのですが、普段「大丈夫!!」しか言わない前田が、「レントゲン取った方がいいな!」と言うので、試合を見ながら、様子を見ることにしました。

試合は、自分が抜けた後、チーム全体が、「安永さんの為にも、負けられない!!」と言い!いう雰囲気が立ち込め、かなりいいムードで、試合を展開し、終わって見れば、34-9でレイダース勝利!!

試合後、足を引きずる安永を見かね、孝さんが、「安永!!先に帰るか?」というので、お言葉に甘え、先に帰る事にしました。車中では、どんどん痛さがまし、痛さのあまり、寝ることすらできませんでしたが、もしかすると、気を失ったかもしれません。

ようやく家につき、孝さんの車を降りようとしたのですが、足を地面に着けると、もの凄い激痛が走り、ゆっくり降りていると、孝さんが、今まで、見せたこともない怖い形相で、けが人の僕に対して、「何やってんだよ!!早く、降りろよ!」と罵声を浴びせ、降りるやいなや、閑静な住宅街をもの凄いスピードで、帰って行きました。一端は拳を握りしめたのですが、怪我を思い出し、我慢しました。

その夜、足首の腫れは、さらに酷くなり、今や、家族を持った自分は、翌朝、前田の務めている、昭和大学横浜市北部病院に行くことにしました。北部病院は、かなり綺麗な病院で、朝からすぐ前田が見てくれました。前田がレントゲンを見ると、「良かったね!!折れてないよ!足首の靭帯が切れてるね!!」と言いました。一般人には、何処が「良かったね!!」なのか解りませんでしたが、その後は、事務的に処理され、数分間、前田のブラインドタッチを見せつけられ、ギブスを巻き、院内のTullysで、サンドウィッチに舌鼓を打ち、前田は医者なんだな!と思いながら、帰りました。

 

今回の試合ですが、僕が足を負傷したお蔭で、チームが一つになりかなりいい雰囲気で、試合が行えたと思います。実は、自分も、試合後、沓澤がコメントした部分で、「今日は、勝つな!!」と思っていました。同じようなアスリートどうし、同じ部分で共感するですね。

 

今後の自分の予定ですが、

9/26  ギブスしながら自転車通勤(ピストバイク)&自動車運転。

10/2  審判担当日、泊りで行く予定でしたが、負傷の為、自宅療養。

10/3  ギブスから装具。

10/16 試合見学。

10/17 装具を取りランニング。

11/6  浦和戦、出場、みんなの足を引っ張る。

 

 こんな感じで、進めていきたいと思います。

 

PS. 番場は、バイスキャプテンとしての重圧から、俺を怪我させれば、みんなが一つになり、勝利できることを解っていたのかもしれない!だから、みなさん番場を責めないで上げて下さい。


 

青木 奈祐 ロゴステッカー製作日記 - 2010/09/15

 

 時は、今年の6月中旬、仕事で、練習参加もままならないダイチに会った時に始まった計画である。

 

 「ダイチ〜!!たまには練習来いよ!!」

 

 するとダイチは、

 「なかなか練習に参加出来ないので、レイダースの為に何かできることありますかね〜?」

 

 考えた自分は、

 「じゃあ!ヘルメットのステッカーでも作れよ!!」

 

 するとダイチ

 「い・い・い・いいんすか?自分なんかが作って?」

 

 こうして、ダイチのレイダースステッカー作りが始まった。

    

 まあ遅くても2〜3週間くらいでできるだろうと思っていたのですが、ダイチは、まず自分に合ったカッター探しから始め、

「刃物といったら、やっぱドイツかな〜!!」などとつぶやき、なかなか都内では、自分に合うカッターが見つからないのか、

レイダースの栃木での合宿を使っては、練習の合間を見て、自分に合ったカッターを探したのですが、要所要所、吉光ようやく家にあったカッターに落ち着きました。

 

 あまりにも時間が掛かっているので、たまにバイト先の事務所を覗きに行くと、

ダイチは、いつも、帽子の隙間から、いやらしい目で、そこの女子従業員を凝視しながらカッターさばきを身に着け、

製作開始から、約2か月半、ガスター10をROCKST★R ENERGY DRINK(ちょっと酸味の効いたオロナミンc http://www.rockstarenergy.jp ) と言う

訳の分からない飲み物で流し込み、9月3日ようやくステッカー製作開始!!

 

 構想から約3か月、9月15日にステッカー完成!!

 

 出来上がったステッカーを貰いに行くと片手の親指を下に向けて「ロックン ロール!!」と言われ、ステッカーを渡されました!!

 

 


Diary_2008